受験なんて面倒だ!と放棄するのは簡単です。
しかし、その後に待っているのは結局は受験と似たような苦労であって、むしろ受験以上に大変な苦労のことである可能性が高いのです。受験というものを、単に「その場しのぎの勉強」と考えれば逃げたくなるのも当然です。
しかし、受験というのは意外と奥が深いものであって、その場限りのもののように見えて、実は自分の人生に繋がっているということも少なくありません。
車の運転免許を取得するためには実地試験や筆記試験などいろいろな試験をパスしなければなりません。これもある意味受験です。
しかし、運転免許の取得も大金を払ったものの途中で辞めてしまう人がいる。これは、一種の受験から逃げることになります。もちろん、自動車の運転免許がないからといって大きな問題にはならないことでしょう。しかし、実際には、就職して社会に出てしまえばまとまった時間を確保することは難しく、新たに運転免許を取得しようにも時間がない。
また、免許がなければ身分証明の大きな信頼を使うことができず、何らかの緊急性があって車を動かさなければいけない時にでもまったく動かすことができない。
運転免許を取得するという受験から逃げても、その先に待っているのはそれ以上の苦労である可能性が高いということです。
その意味で、受験というのは一見すると不要なもの、逃げても問題のないようなものという錯覚を覚えますが、必ずしもそうではない。自分の人生の将来にわたって必要なものだから受験がある、と考えることができるのです。
受験とは自分の将来に対する「投資」であり、「人生勉強」でもあるのです。そして、それはその時のタイミングで通過していくのが最も理想的であるといえます。
